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忘れかけていた記憶
- 2005/12/24(Sat) -
20051224025251.jpg


取り立ててここで記する話ではないが、瞬間の出来事が非常に印象的であったので敢えて記録することにした。

新入りのサランは当然ながら排泄の場所を把握していない。
無理も無い、我が家に来て1週間だ。
ましてや子犬。
しかしシュリの時もそうだったように、褒めもするが叱ってもきた。
自己評価ではあるが、少し厳しいと思っている。

今夜も玄関先でウンチをしていた。
心を鬼にして叱ると、とても驚いたように鳴き出した。
サランを叱るのは今回が初めて。
「助けて!」と言わんばかりの鳴き声にシュリはベッドから飛び出てきた。
シュリは懇願するように悲しい声で「キュンキュン」。
私はその瞬間デジャブーのように過去の記憶が蘇り、その鮮烈な記憶の映像が他の全ての思考をストップさせた。

今はそばに居ない本当の娘達。
ある日、それはもう離婚が成立しかけていたころ、二人の娘と一緒に居た。
そのうち、まだ小さい次女がわがままを言い出して。
最初のうちは宥めたり煽てたり、でも次女は言うことを聞かず仕方なく叱った。
すると長女は叱られて泣く次女をかばおうと盾になって私に「もう怒らないで」と頼み込んでくる。
その時私は自分が悪魔に思えた。
叱ることが本当に良いことなのか?
今まで信じてきた私の中の理念は一瞬の光景でもろくも崩れた。

シュリとサラン。
まさにあの時の状況と重なる瞬間だった。

忘れかけていた苦い経験。
しかし、だからこそシュリとサランは私の子供であり家族なのだ。
大切にしたい、愛し続けたいと強く思う。

多分私は偏った精神の持ち主かもしれない。
それが罪深いものかどうかは分からないが、少なくとも歪曲した愛情の形ではないと思う。

この退屈な文面に最後まで目を通される方は恐らく居ないと思うが、
私にとって過去の経験が生かされ、犬ではあるが家族の一員として共に歩んでいくことを今もって再認識している。
その事が大切なことだと明記しておきたい。
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